【一枚の着物ができあがるまで】#3 〜全てはここから:紬糸編〜

全ての繭から生糸は取れる?

着物の材料となる生糸。
生糸は蚕が吐き出した繭から取れる、とお話ししました。

では全ての繭から生糸が取れるのか?というと、そうではありません。

生き物が吐き出した繭ですから、いろいろな理由により生糸を取ることができない場合があります。
茹でる前に孵化してしまったり、割れたり汚れがついていたり、毛羽立っていたり、いびつだったり。それらは生糸としては不向きだと判断され取り除かれます(くず繭)。

 

時には人間の双子のように、2頭の蚕が一つの繭を作り上げることもあります(玉繭)。

玉繭からは2本の糸が取れるため、糸を作る時に必ず絡まってしまう。
そうなると細く均一な美しい生糸として活用できません。
それでも貴重な繭なので、昔の人は工夫を凝らし「紬糸」という新たな糸を生み出しました。

左)白繭(生糸用)、右)玉繭
(埼玉県立歴史と民族の博物館蔵)

 

紬糸の作り方

生糸と同じく熱湯で茹で繭の繊維を柔らかくします。
生糸はそこから糸端を見つけ紡いでいきますが、紬糸は異なります。

紬糸の場合、柔らかくなった繭を手で広げ真綿(まわた:綿ではない)にし、手で撚りをかけながら紡いでいきます。
こうして紡いで出来た糸を使った織物で仕立てられたお着物が「紬」。
皆さんがよく耳にするであろうあのお着物です。

紬糸は、生糸には使えないとジャッジされた繭から手で撚りをかけ糸にしたものですから、節があるものも多く太さが均一ではありません。
ただとても丈夫で軽く保温性も高いので、紬は普段着としてとても人気です。

生糸と紬糸の違い
(国立民族博物館蔵)

 

紬糸で織られた着物「紬」

紬は織りの着物※1の一つ。糸の種類によって4つに分けられます。

①繭を熱湯で茹でて袋状に広げた真綿から紡いだ紬糸で織る(例:結城紬)
②玉繭から紡いだ玉糸で織る(例:牛首紬、郡上紬)
③もともと紬糸で織られていたものを生糸で織る(例:大島紬、黄八丈)
④機械織り(生糸が取れないくず繭をつかったもの)

紬の着物

※1 糸を染めてから模様を織りだした生地で仕立てた着物。他に、御召※2、木綿、ウールも織りの着物。
※2 御召縮緬(おめしちりめん)と呼ばれる縮緬の一種。糸の染色後、縮緬同様に強い撚りをかけ織り上げていく。織りの着物の中で最も格が高い。

紬着物については別記事でご紹介します。

 

家蚕?

前回に続き今回も登場している写真「生糸と紬糸の違い」

生糸と紬糸の違い
(国立民族博物館蔵)

そこに表記されている家蚕とは?
勘の良い方は既にお気づきでしょう。

家蚕とは養蚕者が家内で育てた蚕のこと。

家蚕の繭

蚕の姿を見ることに抵抗がなければこちら↓をご覧下さい。
実際にnaomariaが自宅で蚕を育てたときの記録です。

 

これに対し野蚕があります。文字の通り「野生の蚕」。
家蚕糸は生糸に向いた細さとしなやかさが特徴ですが、野蚕糸は太く短めで素朴な風合い。
紬糸のように撚り合わせて使います。
また精錬せずそのまま使うことが多いため、元々の色を味わえます。
野蚕糸は産地により色が違います。

 

野蚕糸

野蚕糸の産地は中国やインドが有名です。
特に中国の絹には約5000年という長い歴史があります。
シルクロードと呼ばれる貿易路が確立していたくらいですから、上質で美しく人気だったんでしょうね。

その中国を始めインドなどで作られる野蚕糸から織られた織物は柞蚕絹(さくさんぎぬ)と呼ばれ、またの名をタッサーシルクと言います。
ベージュ色をしており、最も流通量が多い代表的なもの。
精錬してもしなやかさは出ず、やや硬いまま。シャリ感が特徴です。

 

日本の野蚕糸で織られた絹は天蚕絹(てんさんぎぬ)と呼ばれ、鮮やかで薄いグリーンをしています。やま繭から取られています。

流通は全体の1%未満ともいわれ「繊維のダイヤモンド」「繊維の女王」と異名を放つほど大変貴重なもの。

当然の如くとても高価。
そのため、着物の材料となる絹糸のほとんどは現在海外の野蚕糸に頼らざるを得ない状況です。
最近ではインドネシアなどの東南アジア産が人気なんだそう。

 

戦前と戦後と着物の質感が違うのはこれが要因の一つです。
戦前の着物の糸は細く艶もありしなやか。
戦後とくに現代着物と位置づけられるものは、糸が太めでふんわりしている。

着物に必要不可欠な絹糸を国内ではなく海外に頼らざるを得ないこと、そもそも家蚕糸の割合が大幅に減っていること※3が着物の質感にも大きな変化をもたらしているのは間違いありません。

※3 東日本を中心に養蚕家はまだ存在していますが、わずか500戸ほど。昭和4年の約220万戸と比べると0.02%しか存続できていないことになります。

 

次回は。。。

その他の糸「木綿、ウール、麻、化繊」についてです。

 

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【一枚の着物ができあがるまで】#4 ~全てはここから:その他の糸~
【一枚の着物ができあがるまで】#5 生地(染めと織り)
【一枚の着物ができあがるまで】#6 染め
【一枚の着物ができあがるまで】#7 着物を仕立てる