バイオグラフィー

naomariaの誕生

2012年。

TVニュースで心を痛めた。

政治的事由、歴史的背景で争い合う国と国。

文化、娯楽、芸術ではお互いを尊重することができるのに、
政治や歴史が関わると どうしてこんなにも お互いをいがみ合うのか。

悲しくなった。

「私には何ができるのか?」

自分が創り出すアートで 一瞬でもそのような国の人々を笑顔にしたい

そんな想いが込み上がり、アーティストとして活動する決意を固めた。
こうして”naomaria”が誕生した。

自由な創造性で 国境を越えて笑顔を届ける

これがnaomariaの活動目的でありモットーである。

バイオグラフィー

naomariaは、海が近い愛知県豊橋市に生まれ、毎週日曜日に釣りへ行く父の姿をそばでいつも見ていた。子供の頃に父がカラフルな釣り道具を作っていたことに、彼女は影響を受けたという。

中学生のときチームワークでアート制作をしたことを覚えている。高校ではロック音楽が絵を描くより楽しくなった。理系の大学に入ったが中退し、2年ほどボストンに留学。
日本に帰国してから受付の仕事を始め、30歳でインテリアコーディネーターになる。その頃にプリザーブドフラワーを知り、「作る」ということに再び興味を持った。

仕事では自分の実績を評価されず、ストレスからうつ病を発症。言葉で伝えることが苦手で1998年には人間不振になる。2007年にうつ病が再発したが、プリザーブドフラワーはすでに教えるほどのキャリアを持つようになっていた。

2008年にプリザーブドフラワー販売を開始し、2011年には教室を始め、同時にカフェのギャラリースペースで個展をするようになった。回数を重ねるうち「何かインパクトのある違いを取り入れたい」と思い始めた。ワイヤーを花びらにつけるというプリザードフラワーの手法からヒントを得て、花びらのように見立てたちりめんを使ったバラの花を制作。この時、現在の原型が誕生した。2013年にちりめんを使った作品を発表。ビーズは色の種類もたくさんあり、組み合わせ次第で大きく広がることを発見する。

naomariaの作品はコントラスト、グラデーション、色の組み合わせが特徴的で、自分にとっても色は大切だと言う。どんな思いが込められるかが大事で、まずはマインドからとnaomariaはいう。

2018年、アーティスト仲間との出会いによって、ニューヨークで個展開催。初めてクラウドファンディングにも挑戦した。その際にたくさんの人がnaomariaを応援し、自分だけではないということがわかった。
彼女がもう一つわかったことは、「みんなの夢を叶える為に、世界で活躍する」ことがアーティストとしての根源だということだった。
今日もnaomariaは笑顔で世界に向けて作品制作に励んでいる。