バイオグラフィー

naomariaの誕生

2012年。TVニュースで心を痛めた。

政治的事由、歴史的背景で争い合う国と国。
文化、娯楽、芸術ではお互いを尊重することができるのに、
政治や歴史が関わると どうしてこんなにも お互いをいがみ合うのか。

悲しくなった。

「私には何ができるのか?」

自分が創り出すアートで 一瞬でもそのような国の人々を笑顔にしたい

そんな想いが込み上がり、アーティストとして活動する決意を固めた。
こうして”naomaria”が誕生した。

自由な創造性で 国境を越えて笑顔を届ける

これがnaomariaの活動目的でありモットーの一つである。

 

 

バイオグラフィー

naomariaがプリザーブドフラワーの作品制作において他との差別化を追求した結果、2013年”着物コラージュアート”という新しいアートが誕生。”直感”に従い生まれたこのアートは、彼女にとって純粋な想いの結晶である。2015年芸術活動開始。国内ではギャラリーや美術館、有形文化財などで個展を開催。2018年9月には、念願のニューヨークで個展を開催した。

naomariaは、長い歴史が育んだ伝統と技術の詰まった着物には強いロマンを感じる、という。特に、全て手作業で作られたアンティーク・レトロの着物にはアナログの不完全さと温かさが備わっており、いつでも彼女を70年代の心穏やかな時代へと導く。そこに、naomariaの特徴的な色組み合わせが加わり、独創的な作品が誕生する。頭の中やビジョンに浮かぶ世界をさまざまな手法で再現していくことに日々意欲を燃やしている。

着物との出会いは雷に打たれたような突然で強い衝撃

naomariaが初めて着物を手にしたのは2013年初め。初めは小さなハギレからスタートした。現代の化繊ちりめんを収集していたが、他にもっと生地が薄く扱いやすいものはないかと模索を続ける。そんなとき教えられた着物リサイクル店へ足を踏み入れた瞬間、足が止まったまま動けなくなった。naomariaの心を一瞬で奪ったものが目の前にある。

天井から吊り下げられた真っ青な青地に茜色の更紗模様のハギレ。ゆらゆらと揺れる軽やかさと、絹ならではの艶やかさ。上品な中にも個性がしっかり浮きだつ存在感。雷に打たれたような強い衝撃が身体中を走り抜け、言葉を失った。

この瞬間「作品に着物を使う」と決めた。以来、作品に欠かせないマストアイテムとなっている着物生地。それは主に30~50年程前の着物が中心となっている。

着物に対する想い

こうして着物を作品に使うようになり、着物について学ぶ機会も増える。1枚の着物に必要なお蚕の数は2,000匹以上。これだけのたくさんの命が宿っているという事実に強い衝撃とショックを受ける。このとき「捨てられる着物を一枚でも多く救う!」という熱い想いが込み上げてきた。

お蚕を育て、吐き出した糸を紡ぎ、織り、染色し、柄を手描きし、お仕立てする。このような簡単な列挙では済まないほどの工程が着物一枚の向こう側には存在している。長い歴史の中で培われた伝統や技術、知恵や工夫、そして職人さんの想いや命までもがそこに在る。目に見えないだけで、実は自分が手にする着物と大きく深く関わっている。これは変えられない事実。

大量生産・大量消費で身についてしまった簡単に”処分する”という思考。得も言われぬ不安が過ぎることが増えていく。増えて行くも、当初は「自分はいかに使うか」という自分が「今」できることしか考えられず、こちらの問題に向き合うことは二の次となったままとなる。

なかなかうまく扱えない着物生地

それまで扱っていたちりめんとは違い、着物生地は極めて薄い。特にnaomariaが好む古い着物は、薄いものが多く生がないものもある。

どうしたらきれいに扱えるのか?
どうやったらハリを出せるのか?

さまざまな濃度に薄めた糊を表面に塗ったり、コテを使うなどして試行錯誤が続いた。

古着が苦手なところもあり、ハギレは必ず洗うところから始める。色によっては染料がしみ出すことも多々ある。それでダメにしてしまったハギレはたくさん。この頃には着物一枚で購入する事も増え、思い切った実験ができるようになるも、失敗するれば凹む毎日。洗い方を工夫し、どんな色だと染料がしみ出しやすいのかを感覚で知れるようになり、ハリを出すための工夫は、パーツの形状自体を変更することを思いついた。「龍のうろこ」の誕生。そして着物コラージュアートの前身が誕生した瞬間。2013年12月のこと。約1年をかけここまでたどり着いた。

現在、解いた着物は古来の方法「洗い張り」で洗っている。こうして洗い張りで洗った着物生地は、従来のように反物の状態で保管することで、作業効率も上がっている。また一枚の着物を解くスピードも、以前は4時間以上かかっていたが、今では半分以下まで短縮できるようになった。

着物が自然と集まってくるが使い切れないジレンマ

2015年から本格的に着物コラージュアートの制作を始める。活動を進めるにつれ、ご厚意で着物をいただく機会が増えてきた。親戚や友人、個展へいらして下さったお客様まで。一時100枚を優に超え、作品を作るだけでは活用しきれないと思い始める。ただ何をどうすれば良いのかアイデアは浮かばずアート作品を制作するだけの日々。制作しては個展を開催するという繰り返しの中で、膨らみ続ける心のモヤモヤ。

「眠ったままの着物に再び日の目を」

と言う本人が実行できていない後ろめたさと、無力さ、無念さが、常にnaomariaを襲うようになる。着物リメイクされる方に譲ったり、ハギレとして販売したり。思いつくことを試してみるも、心の中の曇りは一向に晴れずにいた。大量生産・大量消費の行く末の憂いをここでまた思い出し、強く感じるようになる。

突然ひらめいた新たな着物古布の活用方法

2021年初め、過去イベントで体験したフランスの伝統工芸「カルトナージュ」を突然思い出す。フランスのプリント生地で作られることの多い布箱を着物古布で作ることを思いつき着手。完全な独学のため、ひたすら作る⇔分析・検証を行う。着物生地に接着剤が付いてしまうとシミのようになり見た目が美しくない。接着剤がしみ出しやすいほど薄生地でもある着物生地。そこが一番の問題点で難点。その問題を解決するため、今までの経験を参考に試作を繰り返す。数ヶ月後、着物古布ならではの作り方を編み出し、同年6月開催の個展に出品するまでに至る。

この過程の中で、「着物(古布)の活用方法には限りがないな。可能性が無限大だな。」と強く感じる。こうしてnaomariaの中では「着物リメイク=洋服・バッグ」という構図はもはや完全に成立しなくなった。

ただ世間はそうではない。可能性は無限大だとしても、そこに気づかない、知らない方が大多数。こんなに可能性を秘めた素晴らしいマテリアルなのに。とても残念に思うも、それなら実際に自分が作ってその可能性を見せれば良い。自分がフロンティアとなっていろいろなアイデアを提案すれば良い。その結果、一枚でも多く処分される着物が減るのなら、この上ない喜びとなる。そんな想いがこみ上げ、上記の個展会場では、布箱に限らないさまざまな作品を通じて着物古布の可能性を発表。本格的に「着物古布活用方法の可能性」をお伝えするという決意を新たに、アート制作と着物古布の可能性を伝える2つの軸をもとに積極的な活動を始める。

着物コラージュアートは外せない

naomariaにとって、「着物コラージュアート」は処分される着物を再生利用する究極な形であり方法。また言葉では自分の想いをうまく伝えられないことが多いこともあり、自己表現のため、自分が自分であるための必要不可欠な生きるためのツール「命の源」でもある。

また、アートという形を通して、着られなくなった着物の再活用には無限の可能性があるのだという実例を持って観ていただく方に投げかけられる。比類なきアートであるからこそ、そのインパクトはとても強く大きい。実際に、これまで活動してきた中でお会いした多くの方々の「不要となった着物に対する視点」が変わったのを会話から感じます。

着物自体の魅力を再確認していただくこと
今あるモノを大切にする心を育むこと
日本が誇る伝統を後世にも繋げること

いずれも微力ながらも全力でnaomaria自身ができることをやり続けていきます。